きみの話す言葉がどんどん長くなってきてる件と、きみの成長ぶりになぜだかわくわくがとまらないパパ。

きみの話す言葉がどんどん長くなってきてる件と、きみの成長ぶりになぜだかわくわくがとまらないパパ。

2018年12月12日(水)

息子くんへ。

 

今日夕食のときのこと。

 

いつも幼稚園でなにがあったかを聞いているパパたち。

 

最近はきみの説明がよくわかるようになってきた。

 

例えば、リカパパが、明日は聖ルシア祭のイベントがあるって覚えてる?と聞くと、

 

「トムテ、クレーデ、ビィタ」
(トムテニッセ(サンタ)の衣装に着替えるよ)

 

と答えた。そっかきみもトムテ(サンタ)になるんだね? と聞くと、

 

「ネイ、アッラ!」
(違う、みんなだよ!)

 

だって。なんかしっかり会話になってきてるわ。

 

そして、ダーギス(幼稚園)のことを思い出したのか、またなにか言い始めた。

 

「ボッタ、アッラ、ヌー。ボッタ、アッラ、ヘンマ、ヌー」

 

と、ちょっと眉間にしわを寄せて言い始めた。

 

どうやら、「今、みんな、お家に帰っちゃった。」ということなんだけど、突然なに?

 

なんのことか考え始めたみつぱぱは、ようやく気づいた。

 

どうやら今日お迎えにいったときのことを言っているらしい。

 

今日はみつぱぱの学校が午後に授業があって、

 

しかも先生に質問したりなんかして時間が伸びちゃって、

 

お迎えに遅れて行っちゃったんだけど、

 

お部屋にはもうきみしか残っていなくって、先生とふたりだけだった。

 

どうやら、きみが最後の子になってしまったようで、

 

他の子がみんな帰っちゃった、ってことを話してくれてるらしい。

 

それを聞いてみつぱぱ、自分がちっちゃいとき、保育園に預けられてるときのことを思い出した。

 

ほかの子達がどんどん帰って行くのに、自分はまだ残ってる。

 

おぼろげな記憶だけど、「うちはいつも遅い」っていう印象だけは残ってる。

 

さみしいとか、かなしいとか、そういう気持ちがあったかまで覚えてないけど、

 

よその子は、早くお迎えがきて、いいなー、

 

っていう気持ちをよく持ってた気がする。

 

そんなことを思い出してしまった。

 

みつぱぱもこの12月から、週の半分は仕事、もう半分は学校で、忙しくなって来てるけど、

 

きみにそういうさみしい思いをさせたくはないなぁと、改めて思ったのでした。

 

。。。。。

 

そして、夕食の後。

 

恒例のフルーツの時間。

 

フルーツはいつもきみのお部屋で食べるというのがすっかり定着した。

 

柿と、ブラッドオレンジと、ぶどうを食べると、

 

みんなでごちそうさまをして、みつぱぱがそのお皿とフォークを片付けようとしたときだった。

 

「Inte pappa ta den, vänta på mig, jag gör den!」
(インテパッパターデン。ヴェンタポメイ。ヤーヤーラデン!)

 

と言うきみ。訳すと、

 

「パパ持ってかないで! 待って! 僕がやる!」

 

と、言っている。

 

いっちょまえに、手のひらをみつぱぱのほうに押し出し、止まれという意思表示。

 

きみがちゃんとおかたづけしてくれようとしてくれることにも驚いたけれど、

 

それをちゃんと、言葉で、しかもわりと長い文で、言ってくれたのには、

 

本当に驚いた。

 

きみの日々の成長が、いちいち嬉しい。

 

イヤイヤ期もまだまだあるけれど、そのなかでも、そうやって少しずつきみのなかで何かが変わっていってるんだろう。

 

きみが、2歳8ヶ月で、こんなにも一個人として意思があるひとりの人間なんだと思うと、みつぱぱはなんかわくわくしてしょうがない。

 

この気持ちって、なんなんだろう。

 

成長がうれしい、

 

とかそういうことだけでもなくて、ワクワクする感じ。

 

20年後ぐらいにその答えに気づいたりするんだろうか。

 

 

Jag älskar dig,

みつぱぱ