第1話 ゲイカップル、子どものこと考え始める。

第1話 ゲイカップル、子どものこと考え始める。

 


はじめの一歩、はじめのことば

なにがきっかけで僕らはこの旅にでたのだろう? いつから子どもを持とうと思い始めたのだろう? リカに聞いてみるが、リカもはっきりとは覚えていないらしい。無理に何かを頑張るでもなく、わりと自然な流れでここまで来たからだろうか。今振り返ってみると、僕だってはっきり覚えていない。リカに違う感じで聞いてみる。

「ずっと前から子ども欲しいと思ってたの?」

と聞くと、

「前はそうでもなかったけど、最初の姪っ子が産まれてからかな。今思えばの話だけど、M(妹)夫婦の家族の様子を見たり、クリスマスに家族一緒に過ごして、その中に子どもがいるようになって、いいなぁって思うようになったんじゃないかな。」

と答える。そっか、ってな感じで相槌を打っていると、脳裏によぎった光景、それは飛行機の中だった。

「ね、みっつんは、子ども欲しい?」

とリカに聞かれたときのこと。深刻な感じではなく、ふと思いついてふわっと聞いてみたという感じだった。

 


初めての姪っ子、赤ん坊と過ごす家族の時間。

2011年10月、僕らは週末を利用して、初めての赤ちゃんを産んだばかりのリカの妹夫婦を訪ね、スウェーデンのマルメという街を訪れていた。

妹夫婦のところには初孫を見に駆けつけたリカのご両親も来ていて、六人で代わる代わるちっちゃな赤ちゃんを抱いたり、おっぱいを一生懸命に吸う姿を見たり、記念撮影をしようとすると大泣きしてしまったりしててんやわんやな感じであった。彼女が寝静まったらベビーカーにそっと乗せ、それを押しながら海辺を散歩したりもしていた。

二泊だけではあったが、生後一ヶ月の赤ちゃんとそうやって過ごしていたから、リカのあの聞き方はいたって自然な流れだったように思う。

「そろそろできるかもねー。」

と、少し冗談めかして僕はお腹をさすりながら、狭い飛行機の座席の隣同士笑って過ごしたのだった。

その飛行機の中、さらに蘇る記憶の波。僕は4人兄弟、年の離れた末っ子で、すでに5人の姪と2人の甥がいる。その一番初めの姪が生まれた時のことだ。窓の外の雲を見ながら思い出したのは、あるベビーバスだった。

 


子どもが欲しいと思うのも、子どもは持てないんだろうなって思うのも、自然な流れだった。

僕が中学二年生の春、姉が初めての出産を地元の総合病院ですますと、一ヶ月ほど実家に戻ってきていて、生まれたてのその新しい家族の一員を家族総出で迎えていた。リビングに置いたちっちゃなベビーバスにお湯を張り、父がその初孫を入浴させているのを、文字通りみんなで囲んでいる様子が強く印象に残っている。

父は赤ん坊の首のあたりを片手で支えながら四頭身の体を湯に浮かべ、頭にまだついている赤ん坊特有の白くカサカサした物体を、濡らした白いガーゼでそーっと湿らし流していく。部屋にはベビーオイルとベビーパウダーの匂いがしていた。それから時が経ち、その姪っ子にも弟やいとこが出来ていった。

自分が末っ子だったからだろうか、あの頃は妹や弟ができたかのように感じ、一緒に遊んだり子守をしたりするのが好きだった。子どもが好きというより、目の前に生まれたての赤ちゃんがいて、それをかわいくて愛おしいと思うのが当たり前のように自然だった。

その自然さは、いつかは自分も誰かと結婚して子どもをつくり家庭を持つのだと刷り込まれるように思う理由になっていたし、実際二十歳過ぎまでは女性と付き合い、セックスも普通にしていた。しかし、大人になり男性と付き合うことが多くなるにつれ、その考え方は少しずつ薄れていった。

「結婚することも、子どもを持つこともないんだろうな」

やがてそう考えるようになっていたのも自然だった。もちろんテレビやネットで、海外では同性婚が認められていたり、子どもを育てているゲイカップルがいるのは知っていたが、それはあくまで画面の中のこと。まったくリアリティなんてなかった。自分がゲイなのに『親になる』という感覚なんて全く未知の世界だった。

ふと気づくと、飛行機の窓から見えていたのは一面の雲の世界。ちょっとした非日常の世界。今僕は空の上にいる。空を飛ぶという、昔ならありえなかったであろうことを、現代では1日に延べ10万機以上の飛行機が空を飛んでいるという。もしかしたらゲイが子どもを持つということも、ありえないことじゃないのかも、とぼんやり思っていた。

 


まずは気軽な気持ちで、言葉にしてみる。言霊ってあると思う。

今思えば、あのリカの一言がはじめの一歩だったのかもしれない。あのときはちょっとした冗談だと思っていたのだが。

自分のパートナーが自分たちのこととして、子どもの話を言葉にしただけで、ちょっと身近なものになったような気がした。もしかしたら既にあのとき既に希望を持ったのかもしれない。

もちろん、あの頃はそのために何をどうすればいいのか、なんてことまでは、僕もリカも全く考えてはいなかった。でも逆に、気軽にリカが聞いてくれたのは良かったんだと思う。あまり最初から深く考えすぎてしまうと言葉にしづらくなってしまうし、考えるだけじゃ結局何も進まない。今だから言えるけれど、結局は二人で相談して少しずつ決めて行動していかなきゃいけないんだから。

今パートナーがいなくても、将来子どもを持つことを考えている方がいたら、酔っ払ったついでに友達とちょっとそんな話題をふってみるのもおもしろいんじゃないかと思う。できるできないの話じゃなくって、やってみたいかみたくないか、ってことだけでもいいんじゃないかと思ったりしている。

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つづきはこちら

第2話 ゲイがわざわざ子どもを持つ、その必要があるのだろうか?


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