少しずつ子どもを持つ方法として、代理母出産(サロガシー)という方法を選ぶ方向へと向かっていき、じゃあ、実際にどこでできるのかということも調べていった。そして2014年の1月、僕らは一通のメールを書いていた。アメリカでサロガシーを行うためのエージェンシー(代理業者/斡旋業者)へのメールだった。
その時点でぼくらはまだ決断はしていなかったのだが、今日はなぜアメリカを渡航先の候補として選んだのか、そこにいたるまでにどういう思いがあったのか、それをお話ししたい。国別の比較に関しては第10話 でお話ししているので、そちらも合わせて読んでいただけたらと思う。
代理母の権利保障の信頼性
まず僕らがアメリカを渡航先に選んだ一番の理由は、代理母が十分な補償を受け、そして適切な健康管理とともに適切な同意が行われているかということだ。端的に言えば、代理母が産む機械のように扱われ搾取されないかどうかだ。そのことを証明するものを探すのはなかなかないのだが、僕らはこんなことからヒントを得ていた。
アメリカのエージェンシーでは基本的に代理母を募集するページがあり、その資格・条件のリストを詳しく載せていて、例えば僕らが選んだエージェンシーだとそれが10以上の項目に渡る。それらは各エージェンシーによって微妙な違いはあるが、どこのエージェンシーも必ず入れている項目が次のようなものだ。
Do not participate in certain government aid programs including cash assistance, welfare, public housing
現金での補助や生活保護手当、公営住宅を含む、公的な経済的保護を受けていないこと
もちろんこれだけを見てジャッジはできない。しかし、経済的に困窮しているからと、自分の体を売るように妊娠・出産というリスクを負って、代理母になりたいと名乗りでることは基本的にできないようになっている。
彼女たちの健康管理やどのようにコンセンサス(同意)をとっているか、この時点では確認のしようがなかったが、こういった文言がどこのエージェンシーでも見られたことは、それがひとつの基準として常識になっていると考えた。
一部の国では、お金に困っている女性が代理母をするために集められた”代理母村” とよばれる場所が作られているという報道を目にしたことがあるが、アメリカではそれが行われているとは到底思えなかった。
とはいえ、サロガシーの情報というのは本当に限られていると思う。だからこそ、まずは直接話を聞いてみなければという気持ちがあった。ネット上で調べるだけでは見えてこない何かがあるはずだった。
今現在、実際のプロセスを経ることで、どのように代理母の安全やリスクを保障しているのか知ることができたが、それを調べていたこのころは、その入り口にやっと到達したばかりだったと言えるかもしれない。
*注 この連載”サロガシーの旅”では、できるだけ時間軸に沿ってお伝えしています。代理母の権利保障につきましては、今後も話の流れに合わせ随時お話をする予定ですが、質問箱のほうでもこれについてまとめましたので、そちらもご参照ください。
サロガシーに関しての法整備が進んでいる
アメリカにした理由、ふたつめ。それは代理母の権利保障と並ぶ重要な要素のひとつ、親権にともなう法整備がきちんと整っていることだった。
サロガシーを行うにあたり、起こり得るトラブルとしてあげられるのが親権の問題だ。依頼者は自らが妊娠できないから代理母に依頼をするのだが、実際に妊娠した代理母が、出産後に子どもの引き渡しを拒否する可能性はある。
もちろんサロガシーは、代理母のコンセンサス(同意)なしではプロセスに入ることはありえない。そのために依頼者と代理母の間に同意書が交わされ文書として残るのだが、そこには生まれてくる子どもの親権を代理母は放棄する旨も含まれている(コーペアレンツの場合を除く)。
しかし僕らが調べたところでは、サロガシーを行うほとんどの国で、分娩した母親の権利が法的に最も強く、いくら同意書にサインをしていたとしても、その同意書に法的拘束力はない。つまり代理母が子どもの引き渡しを拒否した場合、代理母出産の契約は無効との判断を裁判所でくだされる場合もあるという。それはここイギリスもそうだ。(Surrogacy Arrangements Act 1985)
Any surrogacy agreement made between them beforehand is not legally enforceable, but can be taken in evidence by a judge.
サロガシー実施前に結ばれた契約は法的拘束力はないが、裁判になった場合証拠として受理されることができる。
出典: Guardian,
ちなみに、僕らはロンドンでサロガシーができないかと考えたこともあった。しかし商業的サロガシーが禁じられており、ボランティアで僕らの子どもを育ててくれる人を見つけるのは、可能性ゼロに近かった。もし見つかって妊娠までいったとしても、出産後に代理母が子どもを引き取りたいと言えば、僕らにはなす術がないかもしれない。わりと早々に、地元ロンドンでのサロガシーはないと考えていた。
一方、サロガシーが合法化されているアメリカの一部の州においては、例え代理母が子どもの引き渡しを拒否することがあっても、同意書が交わされていて、その中で親権を放棄する旨が書かれていれば、その文書が有効と認められ、法的に優先されるという。ちなみにこの法律は子どもが生まれた場所の州法に則って適用されるので、どこに代理母が住んでいるかも重要になってくる。
『ベビーM事件』とそこからの30年。
1985年に、アメリカでは『ベビーM事件』と呼ばれる上に書いたような事件が起こり、それがサロガシーを規制する流れを作ったと言われている。その事件自体はほんとうに残念な出来事だ。しかしそれと同時に、それ以降も30年に渡ってサロガシーが行われているという事実について、僕は考えるようになっていった。
いのちに関わる問題をなおざりにしたまま、30年も何かを継続することを、国や州が認めるだろうか。別に過去30年でトラブルがゼロだったと言いたいわけではない。生殖補助医療の一環であるサロガシーは、完璧ではないのも事実だ。
しかしバイオテクノロジーの研究関するNGOの調査によると、アメリカでは一年間に1,400人に近い子どもが生まれてきているという情報もある。(ジェステイショナルサロガシーに限る)
このように、継続してサロガシーが行われているという事実は、過去30年の積み重ねとして、問題を解決する議論が行われ、それに基づいた規制が行われてきた証拠ではないだろうか。
規制と聞くと、なにかを禁止するというイメージを持ちがちだが、実際にはルール作りであり、それに関わる人がトラブルにならないよう、微調整を繰り返した結果だと思うようになった。
また、法的な問題のみならず、サロガシーに関わるエージェンシー、クリニックの経験値や、社会的認知度も積み重なっていっているはずだ。長ければいいというわけではないが、それは大事なことだ。ちなみにFamily Through Surrogacyによるとサロガシーの各国別、経験の長さはこのような順になっている。
- アメリカ ・・・・・・・・・・・・30年
- ジョージア ・・・・・・・・・・・19年
- ウクライナ、イギリス、カナダ・ ・ 15年
- ギリシャ ・・・・・・・・・・・・13年
- インド ・・・・・・・・・・・・・8年
もちろんアメリカ以外の国でサロガシーを行い、代理母も子供も無事にいったケースもあるだろう。それを否定するつもりはない。しかし、僕らはできるだけトラブルになるリスクを減らしたかった。なにかトラブルがあった時に、その負担の矛先は産まれてきた子どもや、その子どもを預かり育ててくれる代理母に向けられことが多いのだから。
まとめ
ということで、僕らがアメリカにターゲットを絞った理由は次のようになる。
- 代理母が十分な補償を受け、そして適切な健康管理とともに適切な同意が行われていると考えられる。
- 法整備が整っていることで、子どもの引き渡し拒否などのトラブルのリスクを低くすることができる。
- 他の国に比べ歴史が一番長いことにより、法律だけでなく、サロガシーに関わるエージェンシー、クリニック、そして社会全体の経験値が高い。
先日もお伝えした通り、アメリカで行うサロガシーは他の国に比べ倍近く費用がかかるのは事実だ。しかし、僕らの幸せのために、誰かが不幸になってしまっては意味がない。僕らの選択によって、他の誰かが痛みや苦しみを背負ってしまうことになってしまえば、生まれてくる子どもにもそれを背負わせてしまうだろう。産まれてくる子どもの未来を考えたとき、その子どもが胸を張って生きていって欲しいと思っている。
それが、僕らがサロガシーの渡航先としてアメリカを選んだ理由だ。
画像出典: Clipartbest.com
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