第31話 代理母と交わす同意書について

第31話 代理母と交わす同意書について

アメリカにおけるサロガシー・代理母出産で、非常に重要なプロセスのひとつとして、代理母と交わす同意書を作成することがあげられる。代理母さんとのマッチングや成立すると、その作業にとりかかることになるのだが、今日はその同意書についてや、その重要性についてお話ししたいと思う。

 


なぜ同意書が必要なのか?

 

アメリカで行われるサロガシーにおいて、非常に重要なものとなる代理母とIPの間で交わす同意書。言い換えると、IPと代理母の間でとりかわした約束事をあらかじめ書面に残しておくこと、と言える。

 

同意書の中身は主に「こういうことが起こったら、こうする」というなものが多く、プロセスが進む中で起こりうるケース・状況を可能な限り想定し、それらをプロセスに入る前に話し合い、お互いに確認をしていく作業とも言える。

 

その同意書は、実際の治療が始まる前にその最終稿にサインをしなければならない。逆に言うと、それが完成しないことには、治療は始められないと言える。

 

生まれてくる子ども、代理母自身、そしてIPたち、このサロガシーに関わる全てのひとを守ることにつながる同意書の作成。次は、それぞれの立場から見た重要性について書いておきたいと思う。

 

 


代理母のために

 

以前別の記事で、サロガシーにおいて代理母の権利を守ることが大変重要だということはお伝えした。平たく言うと、代理母になる女性が、一方的になにかを強要されたり、金銭をちらつかされ、本人が望まない要望を押しとおされるなど、搾取につながりかねないリスクをいかになくすかということ。

 

この同意書を公平なプロセスで作成し、それを文書として残すことは、エージェンシーやIPから最初の約束とは違う行動を迫られたり、最初に提示された補償額が支払われないなどが起きた際に、彼女らを守るための証拠となるだろう。

 

また、産後の休職の期間を長めにとりたいなど、彼女らの生活スタイルや仕事によって、その補償額の希望をIP側に出すことも、同意書作成の交渉のなかで行うことができる。

 

この交渉期間中に代理母自身が、その同意書の内容に納得できなければ、サインをしないという選択ももちろん残されており、彼女らの意思が自己決定とともに尊重されるようにされている。

 

親になるIPのために

 

サロガシーの話題になると、よくとりあげられるのが、ベビーM事件といって、代理母が出産したあとに、その子の引き渡しを拒否したという30年以上もまえのケースがある。その頃はアメリカでもサロガシーの歴史が浅く、そういったことが起きたのだろう。

 

そういった経験から、現在アメリカでのジェステイショナル・サロガシーの場合、同意書の中には生まれてくる子どもの親権を代理母が放棄する旨が含まれている。これにより、例え代理母が子どもの引き渡しを拒否することがあっても、同意書の中で親権を放棄する旨が書かれていれば、その文書が有効と認められ、法的に優先される。ちなみにこの法律は子どもが生まれた場所の州法に則って適用される。

(余談だが、イギリスでは同意書にその文言があったとしても、最終的には分娩者である代理母の親権が一番強いため、代理母が引き渡しを拒否した場合、IPが子どもを引き取れない可能性もある)

 

子どもを持ちたいと強く願うIPにとって、さまざまな苦難を乗り越えた先にそんなことがあってはたまらないし、そういうことが起きるのではないかという不安を取り除くためにも、この同意書は重要な意味を持つ。

 

 

生まれてくる子どものために

 

先にも書いたように、同意書の中身は主に「こういうことが起こったら、こうする」というなものが多い。その一つが、もし妊娠中にIPであるカップル双方が事故などで同時に死亡した場合はどうするか、ということだった。もちろんそんなことは考えたくもないのだが、そういったことも含め準備をすることが、なにも知らずに生まれてくる子どもへの義務であると言えるだろう。

 

また、生まれてきた子どもが障害を持っていた場合、依頼したIPが引き取りを拒否する、またはIPが堕胎を希望したが代理母がそれを拒否する、という案件などが過去にあった。そういったことになった場合、その一番のしわよせは生まれてきた子どもにふりかかることになる。

 

出生前診断や、堕胎、減胎については、サロガシーにおいてだけではなく自然妊娠に於いてもその是非が分かれるところではあるが、第三者に出産を依頼するサロガシーにおいては、その当事者同士が同じ考え方を共有し、それに同意して書面に残しておくということが、非常に重要になってくる。そしてそれは生まれてくる子どもを守るためである。

 

 


同意書作成・交渉の流れ

 

その同意書を作る流れをここで簡単に書いておきたい。

 

  • 代理母とIPの双方にそれぞれ弁護士である法定代理人(attorney)がつく
  • あらかじめエージェンシーによって作成された同意書の下書きが代理人を通しメールで送られてくる。
  • その全てにお互いが目を通し、その内容を確認
  • もし修正したい部分があればそれを自分の代理人に伝え、相手側の代理人を通し交渉を行う。
  • 修正を繰り返し、全ての項目において双方が同意した時点で、最終原稿がつくられる。
  • その最終原稿にサインを行い、エージェンシーに送り、預ける。

こんなところになるだろう。期間はその人それぞれになるが、うちの場合はマッチングの成立からすると約2ヶ月弱といったところだったが、それも交渉次第で長くなったりすることもあるそうだ。

 

 


法定代理人をたてることの重要性

 

前項で “代理母とIPの双方にそれぞれ弁護士である法定代理人(attorney/アトーニー)がつく”と書いたが、これがとても大切なことなので書いておきたい。

 

代理母さんとIPの間で交わされる同意書は、同意にいたるまでに交渉が行われるわけだが、その双方に代理人が入り、その交渉を円滑に進めることになる。その主な理由はつぎのようになる。

 

  • お互いが同等の立場で交渉を行うことができる。
  • 代理人が間に入ることで、それぞれの主張や希望を相手に伝えやすくする。
  • 第三者がはいることで、無理な要望を通しにくくなる。
  • 交渉を任せることで、実際の治療や準備に集中することができる。
  • 同意書は法律に関わることや、専門用語が多いため、その説明を受け、きちんとその意味を理解しながら交渉を進めることができる。
  • 法定代理人が入ることで、その同意書が反故にされる可能性を低くする。

 

最後の項目について簡単に説明すると、もし同意書にサインをしたあとで、なにかその約束を破るようなことがどちらかにあった場合、裁判に発展する可能性もなくはない。その際に同意書の存在が重要な意味を持つのだが、その約束を破った側が、「実はあまり意味を理解せずサインしてしまいました」などと証言したら、同意の強要を迫られたと取られる可能性もあるようだ。それを防ぐためにも第三者としての法定代理人が、双方にそれぞれつき、交渉を進めるというのは重要なことだった。

 

 


同意書作成は、大変だった思い出

 

僕らの場合、同意書は最終的に40ページ以上にもわたった。37項目にわたるものが、法律用語や医学用語など見慣れない英語の羅列によって記され、それをひとつひとつ理解していくことは本当に骨の折れる仕事だった。正直言うと、ストレスをとても感じた時期だったと言ってもいいかもしれない。

 

そして、代理母さんとの同意書を作成するのとほぼ時期を同じくして、卵子提供者とも同意書を交わすことになる。その意義や重要性は、ここに書いたものとほぼ同じなので、改めて書くことはしないが、やはりそれも同じように大変な仕事ではあった。

 

しかしそれと同時に、そのストレスは僕らのサロガシーの旅が一歩一歩前進していることを実感する材料にもなったと感じていたし、サロガシーのプロセスがそんなに簡単ではないことにどこかホッとした部分もあった。

 

変な言い方かもしれないが、自身で妊娠出産ができない僕らだけれども、そのプロセスをただ誰かに丸投げするのではなく、僕ら自身がしっかりと関わっていけるのだという自覚になったりもした。

 

このプロセスの中での大変さは、産みの苦しみとは比べることができないのは言わずもがなだが、自分たちが産めない体である以上、とにかく自分たちにできることをできる限りやるだけだと、そんなことを感じながらこの時期を乗り越えていった気がしている。

 

 


つづきはこちら

第32話 サロガシー、三種類の保険について考える

 


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