2017年8月8日(火)
息子くんへ。
今朝の朝食、きみは不機嫌。ほんのちょっとのフルーツとヨーグルト、パンを3口、チーズの少々を食べただけで、もういらないのそぶり。
いらないとなると、手を左右にブンブン振りまくり、目の前のお皿を吹っ飛ばす。そして、床に広がるヨーグルトとフルーツの無残な姿。
それを見ると、パパたちは大きなため息をついてしまう。そういう時期なのだろうと、頭では理解しても、疲れてしまうのはこういう瞬間だ。
みつぱぱ昨日の夜はちょっと眠れなかったからかもしれない。(きみと一緒に9時に寝て、12時に目が覚めちゃったんだ)自分が寝不足のときはなおのこと、ちょっとしたことでため息がでちゃう。
昨夜、その眠れなかった時、禅のお坊さんが書いた本を読んでいた。そこには自然の中に入ることで、気持ちが落ち着くなんて書いてあった。
都会に住んでりゃ、自然の有り難みもなおのことだけど、いつも周りにあると、なんかわざわざ森になんて行こうと思わなかったりするみつぱぱ。今日は行ってみようかなっていう気になった。
きみとゆっくりお散歩しながら、裏手の森へ向かう。きみは途中、よその家に入りたがったり、マンホールを見つけてはその中を覗くのに忙しい。すぐそこの森にもなかなかたどり着かない。
でも、それならそれでもいいんだよなー、なんてゆっくり気構えるようにした。都会育ちの癖なのか、生まれ持った性分か、みつぱぱはあくせくしてしまうタイプ。とにかく、今この瞬間を大切に味わおうと思った。
そんなこと思っていると、いつのまにやら森についた。はやく行かなきゃ、って思ってるとなかなか着かないのに、今という瞬間を味わってると、意外と『そのとき』はあっけなく訪れるのかもしれない。
だから、森に入ってブルーベリーのあるあたりまで、直接いこうと思ったけど、それもそんなに急いで行く必要はない。森の入り口だけ、みつぱぱがきみをだっこしたけど、森に入るときみを降ろした。
すると、きみは落ちてる小枝や松ぼっくりを拾ったり、ごろごろ転がる石の小径をうまくバランスをとりながら歩いてついてくる。また途中なにかをみつけては、立ち止まり、しゃがみ、じっとみたりしている。
いつもなら、なんでも口に入れて、こっちをみて、大人の様子をうかがうきみ。悪いことと知っててやってるんだと思う。でも、この森ではいつもなら口に入れたがるものがいっぱいあったのに、なんにもそういうことはなかった。
きっと、いつもは家事をしながらだったり、携帯をみたりしながら、きみをみてることが多くなってるパパだから、そんなパパの気をひこうとしてたのかもな、なんて思った。今日は携帯すら、持ってきていない。
そのうちきみはリンゴンベリーの実を見つけた。まだ熟していない赤と緑が半々ぐらいの粒だ。酸っぱいその実をきみはひとつ食べ、またもうひとつ食べようとしてる。
毒ではないけれど、そんなたくさん食べていいものでもない。そこからだっこして、ちょっと先のプルーベリーがあるところまでやってきた。前回きた時より断然たくさんの実、そして大きい実がなっている。
それを見たきみは、『うきゃー!』と喜びの声を発して、小さな指でつまんでは、口に運び出した。前回、一回やっただけのことを、もうきみはしっかり覚えていたよ。
最初はしゃがみながら摘んでたけど、ちょうど振り返ると、小高く土が盛り上がったてっぺんに切り株があり、そのまわりはびっしりとブルーベリーの実が実っていた。
そこにきみを座らせると、お手手を真っ赤にしながら、一心不乱につまんでは食べていた。パパはその隣の石に座り、一緒に食べた。
そこはちょうど森が切り開かれたところのとなりで、陽のひかりがしっかりさしこむところ。あったかい朝の日差しを浴びながら、ずいぶん大ぶりなブルーベリーをふたりで食べ続けていた。
その間も、きみに『もっと食べる?』とか『こっちすわる?』とか『おうちかえる?』とか聞いたりすると、きみもずいぶんその意味をわかって、『うん』と『いやいや』で答えられるようになっていた。
なんか、そういうきみとの時間が、誰もいない森の中で、まったりと、そして永遠に続くような気すらするほど、貴重で大きなものに感じられた。暖かい太陽のひかりも有り難かった。
帰りは、ふたりとも真っ赤になった手を振りながら、またゆっくりきみの歩くテンポでおうちに帰って行った。ご近所さんに、『ハロー』っていいながらね。
もうちょっと、この北欧の夏が続くといいね。
I love you,
みつぱぱ
*写真は今日のものではありません
