絵本「ふたりママの家で」を、ふたりパパのいるきみに読み聞かせてみた。

絵本「ふたりママの家で」を、ふたりパパのいるきみに読み聞かせてみた。

2018年11月xx日

息子くんへ。

 

今日、一通のEメールがみつぱぱのもとに届いた。

 

それは一冊の絵本の電子版。

 

「ふたりママの家で」

 

という絵本で、もとは英語だけれど日本語の絵本。

 

日本でこの絵本を翻訳して出版したいという、クラウドファンディングのプロジェクトに参加して、それが達成されたという連絡とともに、

 

電子版の絵本を手に入れるためのリンクが送られてきた。

 

ほんとは紙の本が欲しかったけど、それはまた日本に行く時に手に入れるとして、まずは電子版を申し込んでいたんだ。

 

ソファに座って、きみを呼んで、ラップトップを開く。

 

きみは、「なにごと?」とばかりにソファに駆け寄ってきて、みつぱぱの膝の上にすわると、みつぱぱは読みきかせを始めた。

 


 

その絵本の主人公はふたりのママとその子どもたち。語りはそのうちの一番上の子どもである、「わたし」という一人の女性。

 

ミーマとマーミーと呼ばれるふたりのママがいる家庭に、生まれたすぐの「わたし」がどうやってやってきたか、というところから、物語は始まる。

 

生まれてすぐのわたしが、どうやってこの家に来たか。
その話になると、ママたちは目をキラキラさせて、
思いっきり、にっこりする。
暑く乾いた砂漠を歩いて、荒れた海を渡って、
高い山を飛び越えて、
嵐の中をずんずん歩いたんだって。
ただ、わたしを家に連れて帰るために。

(本文より)

 

そして「わたし」はそのあとひとりの弟と、ひとりの妹を持つことになる。

 

2歳半を過ぎたところのきみには、まだちょっとむずかしいお話かもしれないとは思ったけど、

 

きみは、食い入るようにその絵本に見入っては、みつぱぱのつたない語りを聴き、最近いつもそうするように、みつぱぱの話した言葉の語尾を真似していた。

 

そして物語の最後まできみは、集中しておはなしを聞いていた。

 

途中結構文字が多いページとかもあったけど、全然平気だった。

 

きっと、この絵自体が素晴らしいんだね。

 

どの家族の絵も、みんなが寄り添っている様子で、みているだけで安心する絵ばかり。

 

ご近所さんとの素晴らしい交流の様子なんかも、活気があって笑顔が溢れていて、こちらに笑顔がうつってしまうというかんじ。

 

そりゃ、きみも目が離せなくなっちゃうよ。

 

実は、きみに読み聞かせするまえに、一度みつぱぱ自分だけで読んだんだけど、

 

最後の2ページくらいでじんわり泣いちゃったよね。

 

物語はほんとドラマティックなものではなくて、ひとつのかぞくの日常が淡々と綴られたものなのだけど、

 

だからこそ、最後にグッと、きてしまったのかもしれない。

 

きみに読み聞かせたときは、そんなことにならなくて、よかったけど、みつぱぱ的にとても気になったエピソードがあった。

 

それは、地域にしっかり溶け込み、親戚やご近所さんたちからも愛されてるこの一家に、ひとりだけ鋭い視線を向ける人がいて、彼らは物語の途中で何度か登場する。

 

あるとき、ふたりママの家に遊びに来ていた彼らの子どもたちが、その両親に引っ張って連れていかれちゃったときのこと。

 

主人公の「わたし」は、このように綴ってる。

 

嫌いだったんだね、わたしたちのこと。たぶん。どうしてかはわからないけれど。
ただ、わたしたちはいつも礼儀正しくしていようと思った。
ママたちに教えられたとおりに。

(本文より)

この絵本の国と時代と、全く違うところに住んでいるきみだけれど、ふたりのパパを持つきみは、やはり他の人との違いを感じるかもしれない。

 

もしこの先、日本に住むことになったら、さらにそれは避けられことになるだろう。

 

そうなったとき、きみも「わたし」と同じように、こんなふうに感じるのだろうか。

 

子どもながらに『礼儀正しくしていよう』と思ったこの「わたし」のように、きみもそう思ったりするのだろうか。

 

マイノリティであることで差別を受ける可能性のある人が、「いいひと」であるとか「模範的」であろうとすることは、よくあることらしい。

 

他の人と違うことを理由に、攻撃を受けないために。

 

みつぱぱも、そういう経験あるし、もしかしたら今も無意識にそう思っている節があるかもしれない。

 

ただね、パパたちはきっとこれからきみが大きくなるにつれて、きみには礼儀正しい人間に育っていってほしいと思っているし、

 

だからといって、それは僕らがマイノリティの家族だからというわけでは決してないんだよ。

 

僕ら家族がマイノリティじゃなくったって、同じように礼儀正しくなるようきみを育てていっていただろう。

 

きっと、このふたりママも、そういう思いで彼女に礼儀正しくいるよう、教えていたのだと、みつぱぱは勝手に思っている。

 

他の家庭と違うけれど、他の家庭とおなじものがそこにはある。

 

このエピソードはそんなことを、改めて感じたりしたよ。

 

 

話は少しそれるけど、童話作家のアンデルセンは物語を書く時に、その童話の世界に触れる子どものことだけでなく、

 

その物語を読み聞かせる大人たちのことも意識して書いていたんだって。

 

この「ふたりママの家で」の作家さんが、それを意識していたかはわからないけれど、

 

しっかりと、みつぱぱもこの物語の虜になってしまった。

 

この「ふたりママ」のように、本当に素晴らしい親になれるかは、なんの保証もないけれど、

 

生まれたすぐの「きみ」をどうやってやってパパたちが迎えにいったのか、パパたちは目をキラキラさせて、思いっきり、にっこりしながら話す、

 

その自信だけはあるよ。

 

また、これからも何度も読もうね。

 

そして、日本に行ったら、紙の本を買おう。

 

Jag älskar dig,

みつぱぱ

 

 

ふたりママの家で (PRIDE叢書)
作: パトリシア・ポラッコ

http://thousandsofbooks.jp/project/mothers/